母を亡くし、残された兄弟ふたりだけで壮絶な過去を送った成宮寛貴がイケメンすぎ

成宮寛貴さんってイケメンで俳優としても成功してる。けどなんかチャラいなぁ~ぐらいの印象しか持っていなかったんですが、俳優になる前、そして俳優になってから初期の時代、自分が思っていたより相当、壮絶な過去を送っていたんですね。

その壮絶な過去を知ったことで、成宮寛貴って顔だけでなく本当にイケメンじゃん!!とか思ってしまったものですからご紹介です。

Aスタジオ 成宮寛貴

成宮寛貴さんの幼少期は母子家庭で、弟さんとの3人暮らしをしていたようなのですが、成宮寛貴さんが14歳の時、母親が体調を崩し、若くして亡くなってしまったそうです。

それからは6歳下の弟さんと二人の生活が始まることになるのですが、生活の為、引越しのアルバイトを始めることになり、昼夜問わずの働き詰めだったようです。それでも、そんな状況のなか弟さんのお弁当も作っていたそうです。わずか14歳の頃にですよ。

また弟を進学させるためには多くのお金が必要ということで、そのお金を稼ぎだすのに選んだ道が芸能界。

芸能界入りしてからの俳優業の成功で無事、弟さんも高校・大学に進学することができ、今では結婚して幸せな生活を送っているとのことなのですが大学進学に関して、ちょっとしたエピソードがあるのですが、それは以下に埋め込んである動画をご覧になってください。

最後に兄へ向けた弟からの手紙を書き起こしておきます。

兄へ

この度は、Aスタジオへのご出演おめでとうございます。私も微力ではありますが協力させていただきました。
その中で兄との数々の出来事を思い出し、とても懐かしく感じております。

幼少の頃は、母が出張で留守にしがちで、よく二人で留守番をしていましたね。

イタズラ好きな兄は、寂しくないようにと、よく私をからかい泣かしていました。おかげで泣かされていた記憶が多いです。母が亡くなった葬儀のときは泣いてばかりの私に「最後ぐらいは我慢しろ。お母さん心配で休めないぞ。これからは二人で頑張ろう。」と涙をため手を強く握りながら言っていたのを今でも強く覚えています。

二人で生活をはじめてからは、家に帰れないような忙しさの中でも「人気商売だからここで頑張らないと。」と台本を片手に家を出て行く姿は本当にかっこよかったです。

当時、まだ二十歳ぐらいだったにも関わらず、兄は私に父のように、母のように厳しく優しく接してくれました。
そのおかげで私は、進んでこれたのだと思います。

兄が当たり前のように、自分の青春にかえてまで弟の私を育ててくれたことに感謝してもしきれません。

本当にありがとうございました。
これからもお身体に気をつけてがんばってください。

弟より

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