涙腺がヤバイ! 母を思う子供の提案に涙した

もうなんだろう?泣かせにきているのが分かっているのに泣いてしまう、そんな子供作文をおくばさんがツイートされていたんですが、どの家庭にもそれぞれのドラマみたいなものがあり子供も含めた家族全員でいろんなことを乗り越えていっているんだなぁ~と改めて考えさせらました。

子は宝とはよく言ったもんで、親や大人が思っているよりしっかりしているもんでしょうね。自分が子供の頃のことを思い出してみると、この作文を書いた子のような立派な考えは持っていませんでしたけど、今より親や兄弟のことを冷静に観察して気持ちが分かっていたような気がします。

ぼくがいるよ

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僕がいるよ

お母さんが帰ってくる!一ヶ月近く入院生活を送っていたお母さんが戻ってくる。お母さんが退院する日、ぼくは友だちと遊ぶ約束もせず、寄り道もしないでいちもくさんに帰宅した。久しぶりに会うお母さんとたくさん話がしたかった。話したいことはたくさんあるんだ。

帰宅すると、台所から香ばしいにおいがしてきた。ぼくの大好きなホットケーキのはちみつがけだ。台所にはお母さんが立っていた。少しやせたようだけど、思っていたよりも元気そうでぼくはとりあえず安心した。

「おかえり」
いつものお母さんの声がその日だけは特別に聞こえた。そして、はちみつがたっぷりかかったホットケーキがとてもおいしかった。お母さんが入院する前と同じ日常がぼくの家庭にもどってきた。

お母さんの様子が以前と違うことに気がついたのはそれから数日経ってからのことだ。みそ汁の味が急にこくなったり、そうではなかったりしたので、ぼくは何気なく「なんだか最近、みそ汁の味がヘン。」と言ってしまった。すると、お母さんはとても困った顔をした。

「実はね、手術をしてから味と匂いが全くないの。だから、料理の味付けがてきとうになっちゃって・・・・・・」

お母さんは深いため息をついた。そう言われてみると最近のお母さんはあまり食事をしなくなった。作るおかずも特別な味付けが必要ないものばかりだ。

しだいにお母さんの手作りの料理が姿を消していった。かわりに近くのスーパーのお惣菜が食卓に並ぶようになった。そんな状況を見てぼくは料理が出来ないけれどお母さんの味は覚えている。だから、料理はお母さんがして味付けは僕がする。共同で料理を作ることを思いついた。

「ぼくが味付けをするから、一緒に料理を作ろうよ。」ぼくからの提案にお母さんは少しおどろいていたけど、すぐに賛成してくれた。「では、ぶりの照り焼きに挑戦してみようか」お母さんが言った。ぶりの照り焼きは家族の好物だ。フライパンで皮がパリッとするまでぶりを焼く。その後、レシピ通りに作ったタレを混ぜる。そこまではお母さんの仕事。タレを煮詰めて家族が好きな味に仕上げるのがぼくの仕事。

「いつもの味だ。」ぼくがそう言うと久しぶりにお母さんに笑顔がもどった。

その日からお母さんとぼくの共同作業が始まった。お父さんも時々加わった。ぼくは朝、一時間早起きをして一緒に食事をつくるようになった。

お母さんは家族をあまり頼りにしないで一人でなんでもやってしまう。でもね、お母さん、ぼくがいるよ。ぼくはお母さんが思っているよりもずっとしっかりしている。だから、ぼくにもっと頼ってもいいよ。ぼくがいるよ。

いつかお母さんの病気が治ることを祈りながら心の中でそう繰り返した。

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